この度の地震では、県内外から沢山の暖かい応援をありがとうございます。

また、お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

関係者の皆様には長らくご心配をおかけいたしました。

4月14日21時26分ネイリスト技能検定の直前ということもあり、私は先生方、生徒様と共に市内のヒューマンアカデミー熊本校におりました。

ビルの7階。今まで体験した事のない激しい衝撃で私達はいっきに倒れ込みました。

あまりに突然の事ですぐには地震という事が理解出来ませんでした。

揺れが収まるのを待って地上に降りましたが、なおも続く激しい揺れ。

どなたかが、私の家のある益城が震源地と教えてくださいました。

東日本大震災時東京にいらっしゃった先生から少しでも早く帰宅した方が良いと言うアドバイスを受けてそれぞれ手段を見つけてまずは生徒様を帰しました。

私は立体駐車場から車が下ろせずバスで益城に向かいました。公共機関は無理かなと思ってましたが助かりました。運転手さんは自宅が菊陽方面で家中が大変な事になってるだろうとおっしゃってました。

鳴り止まない地震警報、行き交う消防車、救急車のサイレン…

車中から見えるのは明らかに普段とは違う異様な光景。自宅近くはブロック塀が倒壊し道路が激しく隆起しひびわれていました。

家族は車の中に避難しており無事でしたのでホッとしました。近所の方から子供達は上着を貸して頂いていたり、飲み物やお菓子なども分けてもらってました。初動の早い出来るご近所様がいたので本当に助かりました。

そのまま5人で車ごと倒れるのでは無いかと揺れと寒さに不安を感じつつ朝を迎えました。

自衛隊の車の列、救急隊、救助犬、安全な場所を求めて行き交う人達、倒壊した家……。見慣れない光景すぎてどうしても現実に起こっている事が受け入れられません。

戦争は知りませんが戦場の様な有様です。

家の中はガラスや食器が飛び散りエアコンはぶら下がり、冷蔵庫の中身は飛び出し、あらゆるものが散乱し、まさに足の踏み場もありません。それでも少しずつ片付け始めたいた矢先の4月16日1時45分まさかの本震。14日の時よりも激しく、不気味に揺れ続ける地震の凄さにさすがの鈍い私でも命の危険を感じました。

このまま家にいるのは危険と判断し避難所に移動しました。

ここでもまさか自分が避難所生活をするなんて、考えた事もありませんでしたので初めての事の連続です。寝ている間にこの高い天井が落ちてきて下敷きになるのではとか想像すると安眠出来ない夜もありました。

改めて熊本地震以前の被災者の方のご苦労も頭をよぎりました。

ボランティアや役場の方のおかげで避難所ではひどく困る事はありませんでしたが、お年寄りや身体の不自由な方、小さなお子さんのいるご家族などはご苦労が多かったかもしれません。

今回の地震で私が一番困った事は自宅の水が出ない事でした。ライフライン関係ですね。

なので水道から水が出た時は本当に嬉しかったです。

20日間避難所のお世話になり、子供達の学校が始まると同時に自宅に戻れました。最近はほとんど余震も無く安心してましたがこのブログを書いている間に結構な揺れが3回立て続けにありましたのでとっさに身構えてしまいました。

ちょっとした揺れや音にも反応してしまいます。

地震から一ヶ月少し過ぎましたが、まだまだ日常とはかけ離れた生活を余儀無くされている方が沢山いらっしゃいます。

うちも今日やっとぶら下がったエアコンや室外機を直して貰えました。

今回地震で大変な思いも沢山しましたが多くの方々に支えられて生かされているのを実感致しました。

まさに命あっての事です。

平凡だけど幸せな日常を取り戻すには、日々の生活を丁寧に積み重ねていくしかありません。

私はこの事と地震の事を忘れずに一歩ずつ進んでいこうと思います。

熊本の復興を願いながら。